アパレルからの異業種転職。私たちも「脱・アパレル」チームです!【前編】

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2019年秋に始動するMAPの新しい転職支援サービスgoody(グディ)。「脱・アパレル」をコンセプトに、アパレル業界、特にショップスタッフとしての経験を活かした異業種転職を支援する、ちょっとユニークな試みです。そこで今回はgoody開始記念座談会を決行!前編ではアパレル業界出身アドバイザーの3人に、それぞれのアパレル時代のエピソードを聞きました。

アドバイザープロフィール
松井瞳(まつい・ひとみ)
老舗アパレルブランドの販売員として、都内近郊の百貨店にて6年間勤務。全国一番店での売上トップ、リニューアル店での副店長経験などがある。接客・販売に加え、マネジメントや店鋪独自のリーフレット制作業務などにも従事。
伊藤紀文(いとう・のりふみ)
大手紳士服量販店にて約5年間勤務。入社当時、全国250名以上の新入社員の中で11位の売上実績を上げるなど販売員として活躍。接客・販売以外に売り場管理、VMD作成や新人・パート教育等店舗の活気づくりにも尽力した。
榎本麻由(えのもと・まゆ)
レディスアパレルブランドの販売員として、都内百貨店などで3年間勤務。店舗内売上トップ達成などの実績がある。また、百貨店ロールプレイングコンテストで特別賞を受賞。販売接客だけでなく、副店長として売上管理・スタッフ育成にも携わった。

洋服代がかさむ、通し勤務 … 「アパレル販売員あるある」

― まずはじめに、アパレル販売員当時の仕事ぶりについてお聞きします。当時大変だったこと、苦労したことなど、アパレル販売員ならではのエピソードはありますか?

伊藤:販売員ならではといえば、自腹購入とか…?

榎本:ありましたね!今日の予算達成まであといくらだから自分が社販で買おう、とか。本部の人が「今日売上よくないね。うちの奥さんにプレゼントしようかな」なんて、買ってくれることもありました。

販売員時代の榎本。髪の色もかなり明るめにしていた。

松井:ただでさえ洋服代はかさみますよね。私も年収の10%くらいは自社ブランドのアイテム購入に費やしていました。

伊藤:僕も毎月社販で3~4万は使ってたかな。主にスーツを販売していたんですが、ネクタイなどの小物もやたら買ってしまう。今でも80本くらい持ってますよ。

goodyのfacebookページTOP画像は、伊藤によるスタイリング

松井:欠品したアイテムは店頭で着ちゃいけなかったんですよ。お客様に「あなたが今着てるその色ステキだから同じのが欲しい!」と言われても在庫がありません、では失礼だし、自分も売るモチベーションが下がるので。

榎本:同じのが欲しい!って言われるのはうれしい瞬間でもありますよね。

松井:そうそう、だから毎月在庫豊富なアイテムで2~3コーデ組んで着まわすのが常でした。私は自社ブランドが好きだったからそう負担には感じていなかったけど、必要経費とはいえバカになりませんよね。

松井は販売員時代、店舗のリーフレット作成なども手がけていた

ノルマはなくとも、達成すべき「予算」がある

― 個人に課せられる「売上ノルマ」のようなものはあるんですか?

松井:目標とする数字はありましたけど、あくまでも「予算」であって「ノルマ」じゃない。未達でペナルティを課せられることもありませんでした。

榎本:私も同じ。ノルマではないけど…まあ、微妙なところですよね。

松井:ですね(笑)店舗の年間予算が決まっていて、そこから月、週、日、そして個人の数字に落とし込んでいく。予算は達成して当たり前!という風潮がありました。

伊藤:僕のところでも店舗の規模やロケーションによって予算が設定されていたんですが、予算達成難易度は店舗によってかなりの差がありますよね。

松井:確かに。ブランド内売上トップの店舗にいたことがあるんですけど、期待値が高い分予算もどんどん上がっていって、ちょっと現実的じゃないぞ、みたいな数字を求められることもありました。まだ成長過程にあって右肩上がりの店舗や、リニューアル後の店舗の予算達成は比較的容易でしたけど。

榎本:私は最初に配属されたのが、閉店間際というか潰れかけの店舗で(笑)自分で希望したブランドだったのでやりがいはありました。その後新店舗のスターティングメンバーになった時は会社からの期待値も予算も高めだったけど、まだ認知度がなかったので苦労しましたね。

伊藤:ブランドのターゲット層が少ないエリアの店舗で勤務していた頃は、売上を作るのが難しかったですね。会社の評価基準としては全体的な売上数字だけじゃなく、複数点数販売率なども対象になっていました。

アパレル販売は、体力勝負!

― 立ちっぱなしで体力勝負の仕事だというイメージがありますが、勤務時間や休みはどんな感じでしたか?

松井:体力のいる仕事だということは承知の上で入社しましたし、ある程度は覚悟してました。基本土日は休めないけど、平日の休みを謳歌できたのはよかったかな。

榎本:私も休みは取れましたけど、融通は利かなかったですね。シフト制のローテーション勤務ですが、休み希望は月2回通ったらいいほう。上の人から休みを入れていくので、かぶったら休めないんです。あとは体調不良でも休めない、這ってでも仕事に行かなきゃいけない。

― 早番1人だと開店作業をしないといけないですもんね。

榎本:それが、副店長になってからは早番シフトはほぼなかったんですよ。遅番もしくはほぼ通し出勤。

松井:そうそう、早番イコール通し勤務、帰れない。9時半出勤で閉店後にレイアウト変えて帰りは23時とかになるとさすがに鬼シフトだなと(笑)

伊藤:僕も春のフレッシャーズシーズンや年始の福袋販売時は忙しすぎて休めませんでしたね。8連勤とか、まさに体力勝負。

松井:連勤もありましたね、そして通し勤務。

伊藤:7連勤、休み1日挟んでまた7連勤とかね。

榎本:サービス残業も多くなかったですか?とりあえず退勤記録つけてからさあ仕事、みたいな。

松井:私も残業手当はなかったなあ。閉店後の業務が残業であるという意識は薄かったですね。

伊藤:僕のところは1分単位で残業代出てました。

松井・榎本:さすが大手!!

松井:あと、大変そうって言われるけど、立ち仕事は、案外すぐ慣れません?

榎本:そうそう、そこまで辛くはないですよね。

松井:それより体調が芳しくない時、例えば真冬に風邪気味で寒気がしてても薄手の春物を着なきゃいけない、なんて時のほうが大変だったなあ。

人間関係が複雑って、ホントですか?

松井:よく「アパレルは女の世界だから大変」なんて聞くけれど、私は特に苦労した記憶はないです。自分がマイペースな性格だからということもあるけど、周りの人には恵まれていて、助け合って仕事ができていました。

榎本:店舗の規模にもよりますよね。少人数の店舗だと1日中2人きりで過ごさなきゃいけないので、関係性が築けていないと辛い時もある。あと、声かけ問題はなかったですか?接客してたら

「あのお客様、私が先にお声がけしたんだけど?」

って先輩に叱られちゃうとか。

伊藤:それはありました。予算を達成してない先輩に気を使って謎の譲り合いが発生したり。売上に直結することなのでシビアですよね。

松井:店舗として売上が上がるんだから、別に誰が先に声かけてもいいのにー。

榎本:そうは思わない人もいるんですよ!

伊藤:パートや派遣社員の方は人間関係に敏感なことが多くて、当たりの強い店長がいる店だとすぐ辞めちゃったり。そのフォローが大変な時はありましたね。

年齢を重ねても、販売員を続けられる環境だった

― みなさんが担当していたブランドのターゲット年齢層はどれくらいだったんですか?

伊藤:僕はフォーマルだったので、年齢は特に関係ないですね。幅広い。

松井:私は30代がターゲットのブランドだったので、新卒で入社した時は全然似合わなくて。実年齢とブランドイメージ間のギャップをどうにか埋めようと頑張って背伸びしてました。

伊藤:そういう時は、メイクでフォローするんですか?

松井:ですね。当時はかなりケバかったですよ(笑)

榎本:私は主に20代をターゲットとしたブランドでした。でも、20代前半〜30代後半と各世代をカバーするブランドがあり、洋服以外に小物やアクセサリーを扱う店舗もあったので、年齢を重ねても販売員を続けられる環境はありました。

業界ならではの厳しさはあるものの、好きなファッションの仕事に携わる喜びを感じて活躍していた3人。30代になっても働ける環境があったにも関わらず、3人が20代のうちに「脱・アパレル」した理由は?後編に続きます。

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